研究開発のネタをアート/デザインの現場から探る

日本科学未来館で未来の兆しを体感する
研究開発のネタをアート/デザインの現場から探る(No.5)

日本科学未来館には多くの展示がありますが、今回はその一部である「未来逆算思考」と「零壱庵」を中心にご紹介します。なお、それらの制作背景や思いなどを、日本科学未来館 科学コミュニケーション室 室長代理 宮原 裕美 氏に伺いました。...

2024/10/01

Posted on 2024/10/01

日本科学未来館

いきなりですが、私は科学系ミュージアムが好きです。大人になってから、特にそう感じます。子どもの時も好きでしたが、あの頃は展示のギミック自体に夢中で、「何の展示なのか」という本質的な部分はおざなりでした。一方、大人になると科学知識もそれなりに増え、理論や展示の背景など深く理解でき、気づきが多いのです。

そこで、今回は科学系ミュージアムの中にあるアート/デザインとの交差点から、研究開発のネタを探ります。訪れたのは、東京・お台場にある日本科学未来館(にっぽんかがくみらいかん)。2001年7月に開館した国立の科学館です。この日本科学未来館には、少し特異な点があります。それは展示テーマの根底に「未来」が常にあること。そのため、日本科学未来館の展示は、過去のアーカイブというより、これから起こりうる何かに照準があります。研究開発のネタを探す方には、うってつけの場所といえるでしょう。

日本科学未来館には多くの展示がありますが、今回はその一部である「未来逆算思考」と「零壱庵」を中心にご紹介します。なお、それらの制作背景や思いなどを、日本科学未来館 科学コミュニケーション室 室長代理 宮原 裕美 氏に伺いました。

日本科学未来館 科学コミュニケーション室 室長代理 宮原 裕美 氏

「未来逆算思考」でバックキャスティングを体感する

「未来逆算思考」全体像

「未来逆算思考」は、“50年後に暮らす子孫たちに、どんな地球を贈ることができるのか、ゲーム形式でアクティブに体験する展示”(日本科学未来館・公式サイトより)です。体験するには、まず「50年後どのような地球にしたいか」を選択します。選択肢は次の8つ。

  • 地球温暖化がストップした地球
  • いつまでもきれいな水が飲める地球
  • エネルギーで豊かな暮らしができる地球
  • 芸術文化に満ちあふれた地球
  • ことばの多様性が守られている地球
  • いつまでも魚を食べつづけられる地球
  • 誰もが健康でいられる地球
  • 不平等や貧困のない地球

「未来逆算思考」では自分が描いたルートに沿って「地球」が進む

次に、思い描く地球の未来に到達するために必要なルートを描きます。そのルートに従って、坂で構成された道を「地球」は進むのですが、その途中には障害があり、無事50年後には達しないことも。私は「芸術文化に満ちあふれた地球」を選択しましたが、各種障害に遭って2068年までしか理想の地球を保てませんでした。50年後まであともう一歩だったのに…!最後に、子孫からの手紙や研究者からのメッセージが届いているので、そちらを読みながら思いを巡らせます。

さて、この「未来逆算思考」を知って、「バックキャスティングじゃないか」と勘づいた方、少なくないのではないでしょうか。SDGsの課題解決や近年注目されるパーパス経営とともに、それに求められる思考法として、理想の未来像から現在を遡って考えるバックキャスティングがビジネスシーンで広まりつつあります。この潮流に先駆けて、日本科学未来館では2016年から「未来逆算思考」の展示を開始しました。さらに当時、国連サミットで採択されたばかりで知名度が低かったSDGsのうち、いくつかをゴールとなる50年後の地球の姿に採用しています。

「未来逆算思考」の展示でよくできていると感心したのが、バックキャスティングの対であるフォアキャスティング(現在の延長上に未来を描く思考法)も否定せず、両思考法を合わせることの重要性を体験できることです。思い描く「地球」が進む道は複数の坂でできているため、未来地点だけ、現在地点だけから見ても、あるべきルートを描けないようになっています。バックキャスティング、フォアキャスティング、「どちらか」ではなく「どちらも」活用することが、未来に繋がるのです。さらにこの小難しい話を、子どもでもゲーム感覚で楽しめるものに仕上げていることにも脱帽です。ゲームクリエイターの方にも参加いただいて制作したそうで、納得です。

実はこの「未来逆算思考」は2025年1月に展示公開を終了し、代わって2025年4月に「量子コンピュータ」に関する展示が始まる予定です。「未来逆算思考」を体験したい方は急ぎましょう。なお「量子コンピュータ」の展示は、まさに今制作プロジェクトが進行中であるため、公開できる情報がまだ少ないようですが、お話を伺う限り、とても面白くなりそうです。期待して待ちましょう。

「零壱庵」でアートを通じて人の認識や社会について考える

A.A.Murakamiによる体験型NFTアート作品「The Passage of Ra(太陽の通り道)」

「零壱庵」は、「メディアラボ」というメディアアート(デジタル技術など新しいテクノロジーを利用したアートの総称)を中心に展示していた過去のプロジェクトに端を発しています。そのため、デジタルの二進数を感じさせる「0」と「1」から「零壱庵」と名づけられています。
現在の「零壱庵」は、“アート作品を通して、科学技術とともに変わり続ける人の認識や社会について考えるギャラリー”(日本科学未来館・公式サイトより)をコンセプトとし、展示作品が不定期で変わっています。
私が訪問した際に展示されていたのは、アーティスト A.A.Murakamiによる体験型NFTアート作品「The Passage of Ra(太陽の通り道)」(2024年10月6日で公開終了)でした。スクリーンに向かって立つと、背後からフワッと円状の霧が飛んできます。その霧はスクリーンにぶつかると、現実で消滅すると同時にスクリーン上に現れ、また彼方へと飛んでいくのです。現実では一時的な物理現象である霧が、デジタル上で永久に残る存在になり、現実とデジタルの境界が溶けるような感覚につい引き込まれました。
「零壱庵」の展示内容は変わり続けますが、コンセプトに沿いつつ、これからもハッとさせられたり、参加したくなったりする作品が展示されることでしょう。

境界線が曖昧な世界や最先端のロボットもある

「計算機と自然、計算機の自然」

もちろん日本科学未来館には「未来逆算思考」や「零壱庵」だけでなく、他にも見るべき展示があります。
例えば「計算機と自然、計算機の自然」。こちらは、メディアアーティストであり、筑波大学デジタルネイチャー開発研究センター センター長、准教授である落合 陽一氏が総合監修・アートディレクションを手掛けています。現実世界と計算機(コンピューター)の中の世界の境界が曖昧になっていく状態を体感しながら、従来の価値観が変わりゆく兆しを感じ取れます。様々なロボットが並ぶ「ハロー!ロボット」では、市場に出回っているロボットだけでなく、最先端のプロトタイプも見て体験できます。

「先見の明」はどこから湧き上がるのか

日本科学未来館のことを知れば知るほど、未来に対するアンテナの高さを感じずにはいられません。この「先見の明」が生み出される理由の1つとして挙げられるのが、日本科学未来館の運営を国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)が手掛けていること。JSTには、研究開発戦略センター(CRDS)という、国の科学技術イノベーション政策のシンクタンク的な役割をもつ組織も設置されています。つまり、日本科学未来館は、社会動向や政策に紐づいた第一線の研究情報が入りやすい環境にあるのです。先の宮原氏は「数ある国の科学政策の中で、今私たちが1番お客さんに知っていただきたいとか、1番重要に思っていることをピックアップしてキュレーションしてお伝えしている」と言います。最先端の研究者が考えることを、私のような一般市民にも理解・体験できるようにしてくれているとは、ありがたい限りです。

余談ですが、私が日本科学未来館を見学していると、校外学習なのか大勢の小中学生にすれ違いました。「君たちはこの最先端技術の展示を、原体験として成長していけるのか、すごいな」という羨望の目で彼らを見るとともに、「大人だって思考のアップデートを怠ってはいけないな」とつくづく思ったのでした。

ぜひ読者の方々にも日本科学未来館に足を運んで、未来を体感してきてください。

日本科学未来館

住所
東京都江東区青海2-3-6
開館時間
10:00〜17:00(入館券の購入および受付は16:30まで)
休館日
火曜日(火曜日が祝日の場合は開館)、12月28日~1月1日
詳細は公式サイトをご確認ください。
八十雅世(やそ・まさよ)
八十雅世(やそ・まさよ)
情報技術開発株式会社 経営企画部・マネージャー

早稲田大学第一文学部美術史学専修卒、早稲田大学大学院経営管理研究科(Waseda Business School)にてMBA取得。技術調査部門や新規事業チーム、マーケティング・プロモーション企画職などを経て、現職。2024年4月より「シュレディンガーの水曜日」編集長を兼務。

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