
モビリティ、エネルギー、情報通信の変革を支える技術の力―住友電工の研究開発の底力―西村陽(住友電工)
ODAIBA IX Core/Industrial Transformation(IX)Leaders
産業技術を変革するリーダーたち(No.9)
住友電気工業(住友電工)は、自動車用のワイヤーハーネスを主力ビジネスにする日本を代表する非鉄金属メーカーだ。同社の連結従業員約29万人のうち、8割以上が自動車事業に従事し、その多くが海外勤務者だという。売上高の6割以上が海外市場からのもので...
2025/06/04
Posted on 2025/06/04
住友電気工業(住友電工)は、自動車用のワイヤーハーネスを主力ビジネスにする日本を代表する非鉄金属メーカーだ。同社の連結従業員約29万人のうち、8割以上が自動車事業に従事し、その多くが海外勤務者だという。売上高の6割以上が海外市場からのものであり、世界中の自動車メーカーに均一な品質の製品を提供する体制を築いてきた。同社 専務取締役・研究開発本部長の西村 陽氏は、「ワイヤーハーネスは人がつくる製品。その品質をグローバルに統一できる力が、我々の競争優位性です」と語る。

専務取締役・研究開発本部長 西村陽(にしむら・あきら)氏
そうした住友電工が現在注力する事業領域は「モビリティ」「エネルギー」「情報通信」の3つ。「ちょうどどの領域も今、大きな変革期にあります」と西村氏は見る。
例えばEV化の進行によって自動車内の電子制御ユニット(ECU)の配置が再設計される中、ワイヤーハーネスとセットで制御ユニットの設計にも取り組むようになった。また、高速・大容量が求められる次世代通信では、光ファイバーや光デバイス、そして無線関連の技術開発にも注力している。「モビリティ分野でも、コネクティッド化においては情報通信との関わりが強いですし、EV化によりエネルギーとの関連も深まっています。エネルギーと情報通信もスマートグリッドなどで関連が高まっています」(西村氏)。既存の事業を伸ばすだけでなく、このお互いの技術を研究開発で相互作用させることによって、さらに事業を伸ばす将来を見据える。

もともと、住友電工は住友の銅事業が原点で、銅を伸ばして電線にし、被覆材をつけてケーブルにするところからビジネスがスタートしている。そうした電線の技術を使って、自動車の中の回路と言われるワイヤーハーネスや、電子部品材料などへ事業を拡張してきた。さらに1970年前後から伝送技術として注目してきた光通信に対応して、光ファイバーやデバイス、材料にも対象が拡大している。「新規事業も含めて様々な事業分野に広がっているように見えますが、電線・ケーブルに関係する事業が基盤になっていることがわかると思います。これが狙いでもあり強みでもあります」(西村氏)。
それでは「モビリティ」「エネルギー」「情報通信」のそれぞれの注力分野で、どのような取り組みが進んでいるのだろうか。
ECUなどへ広がるモビリティ、電線や電池の技術が生きるエネルギー
まずモビリティの分野では前述したようにワイヤーハーネスが主力製品になる。そのほかに、警視庁などに納入している交通管制システムのようなシステム商品を手掛ける。自動車を制御するECUも、ワイヤーハーネスと密接に関係することから住友電工としても手掛ける体制を敷く。
エネルギー分野では、超高圧直流ケーブル事業に注力する。「送電には、交流送電と直流送電があり、直流送電のほうが効率的に電力を送れるということで、特にヨーロッパで需要が高まっています。超高圧の電力ケーブルを作れるメーカーは世界でも住友電工を含めて数社しかなく、取り組みを進めています」(西村氏)。住友電工は英国・ベルギー間のネモリンクなどの国家間送電線に参画するなど、ヨーロッパでの需要に対応する。スコットランドに新工場を建設し、ドイツの既存工場を買収するなど、現地生産体制を強化している。

国内のエネルギー企業とともに取り組んでいる水素キャリア技術の共同実証も注目されるプロジェクトのひとつだ。オーストラリアなど海外で生産した水素を、常温で輸送できるメチルシクロヘキサンという液体キャリアに変換して輸送し、日本国内で水素を取り出すというスキームにおいて、住友電工のフローセル型電解装置が活躍しているという。西村氏は「住友電工のレドックスフロー電池の構造を水素キャリア合成装置に応用することで、水素の輸送と貯蔵のコストが大きく下がる可能性があります」と可能性を指摘する。
最新の情報通信にも生かされるケーブル、素材の技術
情報通信の分野では、光ファイバーなどの有線通信に加え、無線通信にも対象を拡大している。有線の通信では、たとえば近年では、多芯化による高密度光通信の取り組みとして、マルチコアファイバー(MCF)開発に注力している。「2022年時点で4コアファイバーを使った3000km級の光海底ケーブル伝送の実証に成功しており、2023年には大洋横断海底光ケーブルへ適用可能な極低損失の2コアファイバーの量産化にも成功しています。海底ケーブルやデータセンター間通信など、非常に高密度の通信が要求される分野では住友電工のMCFを選んでもらえると考えています」(西村氏)。
低消費電力性能に優れるGaN(窒化ガリウム)デバイスの通信への活用も進む。5Gでは、広範囲をカバーするマクロ基地局だけでなく、フェーズドアレイアンテナを使ったビームフォーミングでピンポイントにエリアを作るMassive MIMO基地局の活用が進む。シニアフェロー・研究開発本部 技師長の小林正宏氏は、「住友電工はGaNデバイスの製品ラインアップを通じて、それぞれに適した小型で低消費電力(高効率)のデバイスを提供しています」と語る。GaN事業は子会社の住友電工デバイス・イノベーションが開発した技術で、今ではグローバルに随所で活用されるようになっている。


シニアフェロー 研究開発本部技師長 小林正宏(こばやし まさひろ)氏
さらに、5Gミリ波の普及に向けた取り組みも推進している。ミリ波はセル範囲が狭く、基地局が増える。高密度な設置には基地局の小型化や低消費電力化が不可欠だ。情報ネットワーク研究開発センター・センター長の河本一貴氏は「分散アンテナシステムを考えたとき、収容局側と張り出したミリ波アンテナ装置の間は、既存技術では光ファイバーにデジタル信号を通しています。ここにアナログRoF(Radio over Fiber)技術を採用することで、アンテナ装置側のデジタル-アナログ変換が不要になります。ミリ波アンテナ装置を10分の1にする超小型化と、3分の1への低消費電力化が可能で、ミリ波普及に貢献できる技術と考えています」と説明する。

アンテナ装置を数多く設置する必要があるミリ波では、小型で低消費電力のアンテナを提供できれば、コストメリットが生まれる。アナログRoFを使ったミリ波アンテナは、2025年3月に開催されたMWC Barcelona 2025でも、動態展示を行い多くの観客を集めた。

情報ネットワーク研究開発センター・センター長 河本一貴(かわもと・かずたか)氏
とがった解析技術と材料の力が未来を照らす
電線・ケーブルから多彩に広がる住友電工の事業を支えるのが、材料技術と解析技術だ。西村氏は、「電線・ケーブルの技術をベースに、金属や樹脂、化合物半導体の材料技術を様々な領域に発展させてきました。その基盤にあるのは材料やプロセスの可視化、課題の本質解明を可能にする解析技術です。解析を外部に依頼するのではなく、自社内に解析技術があることが、大きなポイントです」と語る。

その1つが、放射光を用いた解析技術。放射光を使ったXPS(X線光電子分光)はナノメートルの精度で任意の深度を制御して元素や化学結合の状態がわかる高度な解析技術だ。住友電工は、兵庫県にある大型放射光施設(SPring-8)を利用するとともに、佐賀県の放射光施設SAGA-LS内に住友電工ビームラインを保有する。これらを活用して、ナノスケールでの材料評価やプロセス分析を社内完結型で行っている。例えば、「光ファイバーにある元素を微量添加することで帯域を拡大できることは経験的に知られていましたが、なぜそうなるのか。その理由を放射光で明らかにしたことで、当該元素以外の材料でも同様の効果を得る道が見えてきました」と西村氏は成果の1つを紹介する。
研究開発のDXにも取り組み、開発の迅速化や高精度化を進める。「GaNデバイスの設計時の必要なモデル化を、従来の数式モデルからニューラルネットワークを使ったAI活用モデル(ANNモデル)にすることで、実測値とモデルの値のズレを大幅に減らすことができました。高精度な設計に生かせる手法として、国際学会でも評価されました」(小林氏)。
こうした研究開発を有効に活用しながら、電線・ケーブルに起源を発する様々な事業、技術の開発に取り組む住友電工。無線通信へも広がる同社の技術探求は、5Gミリ波から今後の6Gにも貢献することになりそうだ。
(TeleGraphic 編集部)