
OSSで駆動するローカル5Gの普及――家哲也(株式会社 構造計画研究所・通信工学部 博士(理学))
ODAIBA IX Core/Industrial Transformation(IX)Leaders
産業技術を変革するリーダーたち(No.10)
「オープンソースソフトウェア(OSS)の拡張性を活かした継続的開発がローカル5Gの普及を加速させる」と語る構造計画研究所・通信工学部 家哲也氏に、その開発の現場、OSSコミュニティのメリット、そしてOAIBOXへの引き合いの状況などを尋ねた...
2025/06/10
Posted on 2025/06/10
「オープンソースソフトウェア(OSS)の拡張性を活かした継続的開発がローカル5Gの普及を加速させる」と語る構造計画研究所・通信工学部 家哲也氏に、その開発の現場、OSSコミュニティのメリット、そしてOAIBOXへの引き合いの状況などを尋ねた。(TeleGraphic 編集部)
構造計画研究所は建築物の構造設計系の業務からスタートした技術コンサルティングファームです。大学や研究機関と実業界をブリッジすることを理念として掲げ、独立系知識エンジニアリング企業として事業展開を行っています。1960年というかなり早い時期に構造設計にコンピュータを導入してシミュレーションや耐震設計に活用していたこともあり、業務は程なくして情報通信分野に拡大しました。海外の有力企業との提携では、単なる開発元と販売代理店という関係ではなく、技術者同士のコラボレーションによる良い製品・サービスの提供を目指した協力を推進していることが大きな特徴の一つです。
無線については2000年代初頭からOSSを用いたルータ試作支援やネットワークシミュレーション解析などをコアサービスとして提供してきました。2013年から海外のソフトウェア無線(SDR)デバイスを用いた無線機試作サービスを手掛けるようになり、2019年度の総務省委託研究(5G高度化)を契機に5G研究開発に本格参入し、ミリ波のSDR通信環境のテストベッドを構築しました。そのソフトウエアエンジンとして採用したのがOSSのOpenAirInterface(OAI)です。

4G/5Gに関連したOSSとしては、free5G、あるいはSD-RAN、SD-Coreなども認識していましたが、運営組織がしっかりしていてコミュニティ規模が大きく更新頻度も高いこと、機能のカバー範囲が無線アクセス網、コア網、ユーザー端末と広範なこと、ソフトウェア無線機を接続して実際に5G無線通信を実機で実現できること、これらの点でOAIは2019年当時から頭一つ抜けていたと思います。OAIコミュニティでは世界中の研究者・開発者・戦略メンバーが日夜、時差を超えて議論しながらOAIの開発を進めています。ユーザー観点では利用上の不明点があっても、コミュニティからサポートが受けられますし、我々がコミュニティに何かしらの貢献を提供できれば、コミュニティとの距離も縮まり、世界の仲間の協力・協業関係を得て高品質とスピードを両立した開発ができるようになります。2019年度以降、数年間OAIと格闘して知見を蓄積してきましたが、2022年度の暮れにOAIに参画する企業の中でトップコントリビュータであるAllbesmart LDA(本社:ポルトガル、創業者:Paulo Marques氏、CEO:Jorge Ribeiro氏、以下、Allbesmart社)が、OAIベースの5G基地局「OAIBOX」をリリースしたというニュースが入りました。そこで、弊社が国内独占販売契約を締結し、国内で初めての販売を開始することになった、というわけです。

OAIBOXは、実験・研究用のオープンソース5G基地局をオールインワンパッケージで提供するサービスです。購入したらすぐ基地局を起動でき、5G基地局としての動作を確認するのに必要な全てのコンポーネントが同梱されています。また、オープンソースでありながら、面倒な環境設定やチューニングをしなくても、OAI 5G基地局としての最高性能が得られ、安定した基地局動作が期待できます。中身はOAIそのものですが、複雑な5G NR標準仕様を実装し、かつ扱いづらいOSSに対して、Allbesmart社が加えた可視化機能や安定化のためのパラメータ調整、教科書レベルのマニュアル(Lab Manual)を備え、5Gへの参入障壁を下げているのが特徴です。
取り扱い開始直後から想定以上に引き合いが多く、特に自動車業界からリクエストがあったことに社内でも注目しています。保守契約を継続いただければソフトウェアの継続的なアップデートが保証され、直観的なGUI、「ダッシュボード」により最新ソースのビルド&デプロイまで自動的に実行されるため、ユーザーは煩わしい操作から解放されます。実際にはユーザー企業と弊社が共同で研究開発運用(DevOps)環境を作っていくイメージですね。正直それほど安価なサービスではありませんが、長期的には高品質かつ低価格の民主的なサービスにつながっていくはず、と確信しています。
OAIBOXにはLab Manualが添付されていますので、テキストの内容に従って操作することで5G通信への技術的理解を深めることができます。このため、大学・教育機関で次世代無線通信の仕組みや動作原理を学生さんや若手技術者に教える際の教材用途として最適だと思います。また、実験試験局免許を取得してOTAで実験を行う際の近道になり得ます。

ローカル5Gは、従来のWi-Fiほど簡単に運用できず、プロプライエタリな商用製品だとカスタマイズできないといった点が、製品開発や導入障壁の一つになっているように感じます。そのため、OSSのようにカスタマイズ性のあるソフトウェアをベースとして、できるだけ簡単に環境構築と運用ができるようになれば、用途開拓も促進され、ローカル5G市場の拡大にも貢献できるのではないかと考えています。
移動体通信システムが4G、5G、そして6Gに向けて進化していく中で、通信技術の仕様は高度化・複雑化の一途を辿っています。それに伴い、5G通信を模擬できるハードウェア・ソフトウェアの開発難易度も高まっており、次世代無線通信を担う研究者・技術者にとっては、研究開発を行うためのプラットフォームの構築に多くの時間と手間がかかる状況が生じていますが、このOAIBOXは、そのような状況を乗り越えていくための一助になると思います。(談)
XGMF・ODAIBA IX (Industrial Transformation)Coreでは、来たる2025年6月19日(木)に積水化学工業・水無瀬イノベーションセンター(大阪)にてワークショップ「機能の安定化と低価格化が進むローカル5Gをさらに安く、民主的に使いこなす方法を開発しよう」を開催します。ライブ配信によるオンライン中継はどなたでも参加できます。詳細はこちらからご確認ください。
(TeleGraphic 編集部)