岡本浩(東京電力パワーグリッド)

エネルギーとデジタルのインフラ融合がエネルギー課題を解決に導く
岡本浩(東京電力パワーグリッド)
—XGMFミリ波普及推進ワークショップ/日本の産業技術最前線レポート

第5世代モバイル推進フォーラム(5GMF、現XGモバイル推進フォーラム(XGMF))は、2024年3月にミリ波普及推進ワークショップ「日本の産業技術最前線」の第4回を開催した。幅広く通信業界以外の方とも交流する場を持つことが狙いで、第4回は...

2024/05/09

Posted on 2024/05/09

第5世代モバイル推進フォーラム(5GMF、現XGモバイル推進フォーラム(XGMF))は、2024年3月にミリ波普及推進ワークショップ「日本の産業技術最前線」の第4回を開催した。幅広く通信業界以外の方とも交流する場を持つことが狙いで、第4回は電力業界から東京電力パワーグリッドが登壇した。「Utility3.0=人間中心の産業革命実現に向けたエネルギー×デジタル×モビリティの融合とは何か」がテーマ。東京電力パワーグリッド 取締役副社長執行役員CTOの岡本浩氏と、同社 事業開発室兼経営企画室の田中正博氏が講演した。レポートの全編は、岡本氏の講演内容を報告する。

エネルギーの分野は大きな変革の時期を迎えています。これから一層、通信やデジタルと融合してくるのではないかと考えています。そうした考えからUtility 3.0を提唱し、7年ほど前に書籍を出しました(共著、「エネルギー産業の2050年Utility3.0へのゲームチェンジ」日本経済新聞出版)。Utility3.0の中核となる、人体における恒常性(ホメオスタシス)すなわち神経と血管の相互補完関係を参考にした「人間中心の産業革命」の考えについて説明していきたいと思います。

まずエネルギー転換と産業革命が切っても切れない関係にあることを紹介します。蒸気機関によって第一次産業革命が起き、第二次産業革命の前までは工場では大きな蒸気機関があって、メカニカルに力を伝えていました。一方、第二次産業革命で電気が使われるようになったフォードの自動車工場の写真を見ると、非常にスッキリしています。電気を使ってたくさんのモーターを動かすことでベルトコンベアのレイアウトも自由になり、工場の生産性も高くなりました。大量生産が可能になったのです。

人体では、筋肉に酸素を届けるネットワークが必要です。工場を人体にたとえるなら、筋肉はモーターに相当します。モーターを動かすには電気を届けるネットワークが必要ですから人体ならば血管に近い存在だと考えられます。そう考えると、第二次産業革命では社会に血管のように電気が入ってきて、第三次産業革命ではさらに情報処理のための通信が神経のように入ってきたと考えられます。

モビリティ、ロボット、ドローンが需要調整のカギを握る

電力の話に進めます。電力が足りないとご心配をおかけすることがあります。冬の雪の日は非常に多くの電力が使われます。一方で春のゴールデンウィークの休日では電力の使用量が少なく、冬の半分ぐらいで済みます。

冬の使用量が多いときは、関東地域のほとんどの火力発電所を稼働した上で、全国の電力設備から融通を受けています。さらに揚水発電という水力発電でなんとか持ちこたえている状況です。揚水発電は、上池と下池がある水力発電で、下池の水を上池に汲み上げておいて、必要なときに下池に放流して水力発電するものです。水を揚げるには電力を使い、放流して電力を取り出すので、巨大バッテリーのように働きます。

冬の日には、朝の100%の満充電から、夜には20%以下などに電池が減ったような状況になっています。もし水がなくなって電池切れになると、約5300万キロワットの最大供給量のうちの1000万キロワットほどがなくなってしまいます。逆にゴールデンウィークの休日は、火力発電所の最低発電量に太陽光発電の電力を足すと、需要を上回ってしまいます。そこで上回った分は揚水発電のバッテリーに蓄えて調整します。冬と夏は電力が不足し、春と秋は余るといったことを交互に繰り返しているのです。

岡本浩(東京電力パワーグリッド)

電力の需給という面で見ると、これまでは電力の生産を消費に一致させるように調整していました。しかし、太陽光に加えて洋上風力も増えると、生産自体が変動してしまいます。そうなると消費を生産に合わせるという逆転の発想が必要になります。

「そんなことできないんじゃないか」という声も聞こえてきそうですが、モビリティ、ロボット、ドローンなどの新しいマシンはバッテリーを積んでいますから、需給の調整が可能です。ヒートポンプ技術を利用し空気の熱で湯を沸かせる電気給湯機「エコキュート」も、給湯タンクに温熱としてエネルギーを貯められます。このように、これから出てくる需要は調整可能なものが多くなります。制御可能な需要を創出できれば、価格シグナルなどを通じた行動変容の促進で生産と消費を合わせられると考えています。ユーザーエクスペリエンスと電源の間を取り持つマシンやデバイス、サービスは、今後は需給を自動的に調整していくようになります。快適さを損なわないだけでなく、逆に自動化で快適性をあげて、需給調整力の拡大を両立させていくのです。

これからのエネルギーマネジメント

先ほど、電気のネットワークは社会の血管でデジタルインフラが神経だとたとえました。生物の中で血管と神経は実はとても近い場所に配置されています。相互にシグナルを出し合って相互補完関係を維持していることがわかってきています。これを今の世の中に置き換えると、神経であるデジタルインフラと、血管である電力グリッドをもっと密着させて、相互補完関係をうまく活用したほうが良いという考え方が出てきます。

電力と情報の連携で需給調整を実現

デジタルインフラと電力グリッドの相互補完関係について、3つの事例を紹介します。

1つが大量の電力を消費するデータセンターです。今後5年で600万キロワットほど消費が増えると予測されています。東京電力パワーグリッドの最大需要が6000万キロワット弱程度ですから、最大需要に対して10%を超える需要が増えることになります。このデータセンターが、需給の調整に役立つという考え方です。

再生可能エネルギーが豊富な島と、情報を利用する都市があるとします。情報を利用する都市にデータセンターがあった場合、電力は島から電力ケーブルで送る方法が思い浮かびます。しかし、電力ケーブルは非常に太くて重くて敷設にコストも時間もかかります。一方で通信インフラは光ファイバーで敷設されていて、電力ケーブルに比べると圧倒的に軽くて細くてコストも安い。敷設コストは100対1ぐらい違います。つまり、再生可能エネルギーが豊富な島にデータセンターを作り、都市とは光ファイバーで情報をやり取りすればいいわけです。電力とデジタルインフラには実は強い相互交換関係があるという典型例です。

次は、5Gや無線ネットワークに関わる話題です。東京電力パワーグリッドの変電所をローカルデータセンターとして使うイメージです。変電所には地域の再生可能エネルギーが接続されていて、ここにエッジサーバーを置いて再生可能エネルギーの地産地消をする方法です。このエッジサーバーに5Gなどの基地局のベースバンドユニット(BBU)を実装すれば、基地局の基本的な構造が変電所にできあがります。ここから光ファイバーを伸ばして電源を用意してアンテナにつなげば、5Gのネットワークができます。つなぎ先として当社だけでも600万本の電柱がありますし、鉄道なども使えます。面的に5Gの電波を吹くようにするために、変電所や電柱などいろいろ使ってもらえるのです。

3つ目は、クラウドのワークロードシフトと電力の相互補完関係です。エリアAとエリアBがあり、エリアAで雨が降り始めて太陽光の発電量が減ってきたとします。そのとき、エリアAの電力需要を急に減らすのは難しいですが、エリアAのサーバーからエリアBのサーバーに計算負荷を動かすことは瞬時にできます。エリアBは晴れていて太陽光発電が十分にできてれば、計算負荷を移動させることで需給関係をシフトできます。

ワークロードシフトというのは実は我々電力エネルギーをやっている人間からすると、空間中を電力消費の場所がいきなりAからBに瞬間移動する非常にフレキシブルな需要です。データセンター間の空間シフトができるだけでなく、時間シフトにも期待しています。それは、春と秋の電力が余っているときにAIの学習を進めてもらい、夏と冬の不足気味のときは控えてもらうといった方法です、ワークロードの振り先は、データセンターのサーバーだけでなく、EVなどのクルマやロボットもあります。動いていないときのクルマやロボットのコンピューターを使ってAIなどの演算をさせるといった考えです。

電力インフラがインテリジェンスなネットワークになる日

これらは、エネルギーマネジメントにより調整していきます。再生可能エネルギーの電気は融通が効きにくいのですが、社会のほうが逆に融通性をどんどん増していって、うまくマッチするようになるんじゃないか、という考えです。

エネルギーマネジメントには、お客様の家や工場などで動くいろいろなマシンのレイヤーと電力会社のレイヤー、そしてそれらを調整する中間レイヤーの3つのレイヤーがあります。中間レイヤーも重要な位置付けであり、分散エネルギー取引市場が地域に必要なのだろうと思っています。地域の分散エネルギー取引市場が、お客様とも全国の電力会社ともつながる大事な役割を果たします。

グリッドとデジタルインフラのメッシュ構築

この3レイヤーが全部つながると、地点別かつ時間別の価格シグナルが全国のネットワークで発信されるようになり、価格シグナルに応じて行動変容を促していくきっかけになります。もう1つ重要なのは、価格だけでなくCO2のカーボンフットプリントでしょう。CO2排出の少ない電力で動かすことも考える必要がありますから、価格情報プラスCO2情報というシグナルが重要な情報として取引されて、エネルギーマネジメントシステムがそれらに応じて動くだろうと考えています。

すなわち、今後のエネルギーマネジメントは、お客様から中間レイヤー、電力会社までエンドツーエンドにインテリジェンスが入っていることになります。これはインターネットに非常に近い。こうしたインテリジェンスなネットワークが、日本だけでなくグローバルに拡張できれば、エネルギーマネジメントによる場所や時間のシフトが世界で実現できます。日本はそのゲートウェイとして、機能していくことができると考えています。

岡本浩氏(東京電力パワーグリッド株式会社 取締役副社長執行役員最高技術責任者(CTO)
岡本浩
東京電力パワーグリッド株式会社 取締役副社長執行役員最高技術責任者(CTO)

東京電力株式会社・本店技術部技術調査グループ兼企画部、本店パワーグリッド・カンパニー 系統エンジニアリングセンター所長兼技術統括部兼企画部、技術統括部長兼経営企画本部系統広域連系推進室長、東京電力ホールディングス株式会社常務執行役を経て2017年より現職。

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