製造現場を含む様々な現場における無線通信の利活用を推進するFlexible Society Project-FSPJの成果(1)
Flexible Society Project (FSPJ) は、実社会における無線通信技術の利活用推進に向け、様々な活動を行う、国立研究開発法人情報通信研究機構 (NICT) におけるプロジェクトの一つです。今回からFSPJの活動を通じ...
2025/11/18
Posted on 2025/11/18
はじめに
Flexible Society Project (FSPJ) は、実社会における無線通信技術の利活用推進に向け、様々な活動を行う、国立研究開発法人情報通信研究機構 (NICT) におけるプロジェクトの一つです。今回からFSPJの活動を通じて得られた成果の一部を、無線通信による産業のトランスフォーメーション(IX)を支援するXGMFの「TeleGraphic」での連載により紹介します。初回にあたる今回は、まず、FSPJの背景と目的、そしてこれまでの活動と成果について説明します。
FSPJの背景
様々な分野において、サイバーフィジカルシステム (CPS) の導入やデジタルトランスフォーメーション (DX) の実現といった先進的な情報通信技術 (ICT) の応用を進める上で、無線通信技術は重要な構成要素の一つとなっており、近年、その利活用は急速に拡大しています。無線通信では、ケーブルなどを用いることなく、電磁波などを用いて、データの取得や命令の伝達などを可能にすることで、配線に伴うコストの削減や移動体の導入といった新たな付加価値を実現しています。
一方で、無線通信の利活用が進むに伴い、電磁波の特性などにより、無線通信が不安定化することから、無線通信に特有の問題が発生した事例も報告されています。これらの問題には、無線通信に関する専門知識に基づいて適切に対応することで、解決することが可能なものも多数存在します。しかし、専門知識の不足等により、問題の発生を過度に危惧し、導入を断念するような過剰な反応も散見され、さらなる無線通信の利活用拡大に対する阻害要因となっている場合もあります。
FSPJの目的
FSPJは、製造・物流・医療・社会インフラなど、実社会における様々な分野の現場において、無線通信技術が適切に利活用されることにより、作業に携わる方々が安心して円滑に作業できる現場を実現することを目指します。その実現に向け、(1)現場における無線通信の利活用に関する実態の把握や、(2)現場において無線通信の実力を適切に発揮するための知見などの整理と共有、そして、(3)高度な専門知識などを持たなくても適切に無線通信を利活用できるようにする技術の研究開発に、それぞれ取り組んでいます。
FSPJのこれまでの活動
FSPJの活動の起点は、10年前に遡ります。当初は、製造現場における無線通信について、NICTを中心に複数の企業などから、業界の垣根を超えて、知識や経験を持つ有志が集まり、様々な意見を交わしました。2015年3月には、製造現場での無線通信の利活用に関する実態の把握に向け、実際の現場での実験が実施されました。
その後、同年6月には、複数の企業から協力研究員として参画するメンバーを交え、NICTにてFSPJの前身となるFlexible Factory Project (FFPJ) が始動しました。FFPJでは、(1)様々な製造現場における無線通信性能評価などの実験や、(2)メンバーが有する知識と経験や現場での実験を通じて得られた知見などに基づく文書の作成、そして、(3)高度な専門知識を有する専門家の現場での活動から着想した無線通信の安定化技術の提案――を、それぞれ行ってきました。FFPJでは、製造現場を主なターゲットとして活動を開始しましたが、取り組みを進める中で、無線通信に関して、他の現場での類似した困りごとや、目的や用途を超えてデータを活用する際の悩み等、興味深い問題に関する相談が持ち込まれる機会が増えました。
そこで、2020年4月より、FFPJと並列に、物流の現場をターゲットとしたFlexible Logistics Project (FLPJ)、医療・教育の現場をターゲットとしたFlexible Care Project (FCPJ)、社会インフラをターゲットとしたFlexible Infrastructure Project (FIPJ)、そして、異なる現場での目的や用途を超えたデータの活用をターゲットとしたFlexible Data Trading Project (FDTPJ)を、それぞれ始動しました。その結果、製造現場をターゲットとしたFFPJは、FFPJ・FLPJ・FCPJ・FIPJ・FTPJという5つのプロジェクトをサブプロジェクトとして含むFSPJへと発展しています。FSPJと5つのサブプロジェクトの関係を図1に示します。

図1. FSPJと5つのサブプロジェクト
FSPJの成果
(1)現場における無線通信の利活用に関する実態の把握
FSPJでは、FFPJを中心に、毎年複数の現場で無線通信に関する性能評価等の実験を行ってきました。実験の結果として取得されたデータには、例えば、実際の製造現場におけるフロアマップや写真など、実験に協力いただいた現場における秘密情報として取り扱うべきものが含まれるため、詳細なデータについては、原則として、各プロジェクト内でのみ、限定的に共有されています。ただし、一部のデータについては、関係者の了承を得た上で、プレスリリースや論文等の形で公開しています。
公開済みの情報の例は、こちらです:
- NICT, “NICT、NEC、東北大学、トヨタ自動車東日本、東北の工場においてSRF無線プラットフォームVer. 2の実証実験に成功,” プレスリリース, 2024年11月7日
- F. Ohori, S. Itaya, T. Osuga and T. Matsumura, "Evaluation of Productivity and Wireless Channel Load for 3D Storage System in Smart Factory," in IEEE Access, vol. 12, pp. 156549-156560, 2024, doi: 10.1109/ACCESS.2024.3486253.
- NICT, “工場における無線通信安定化に向けた新たな評価方法の実証実験に成功,” プレスリリース, 2022年3月16日
- S. Itaya, A. Amagai, T. Nakajima, F. Ohori, T. Osuga and T. Matsumura, "Status Monitoring and Diagnostics using Sensing Data in Flexible Factory," 2021 24th International Symposium on Wireless Personal Multimedia Communications (WPMC), Okayama, Japan, 2021, pp. 1-5, doi: 10.1109/WPMC52694.2021.9700463.
- T. Osuga, T. Nakajima, S. Itaya and T. Matsumura, "Wireless Capacity Calculation Method for Manufacturing Tools," 2021 24th International Symposium on Wireless Personal Multimedia Communications (WPMC), Okayama, Japan, 2021, pp. 1-5, doi: 10.1109/WPMC52694.2021.9700465.
- NICT, “製造現場を支える無線システムの安定化技術の実験に成功,” プレスリリース, 2020年11月25日
- NICT, “製造現場での安定した無線通信の利活用を強力にサポート,” プレスリリース, 2019年10月10日
- ICT, “工場IoT化に向け、業界の垣根を超えて無線通信技術を稼働中の大手工場で検証,” プレスリリース, 2017年1月17日
(2)現場において無線通信の実力を適切に発揮するための知見等の整理と共有
FSPJでは、FFPJを中心に、メンバーが有する知識と経験や、現場での実験を通じて得られた知見などを整理する形で、文書を作成し、公開してきました。
上記の公開資料に加え、FSPJでは、工場向けワイヤレスIoT講習会向けの座学講習テキストも公開しています。工場向けワイヤレスIoT講習会は、総務省が電波利用料を財源として実施した「IoT機器等の電波利用システムの適正利用のためのICT人材育成事業」の中で開催されました。FSPJは、2018年度および2019年度に同事業に協力し、座学および実機演習からなる講習を行いました。その後、2022年には、当時の最新の情報を反映する形で更新した座学講習テキストを用意し、公開しています。
(3)高度な専門知識等を有することなく適切に無線通信を利活用することを可能にする技術
FSPJでは、FFPJより、製造現場において無線通信の安定化を実現する “SRF無線プラットフォーム” を提案しています。2017年1月には、SRF無線プラットフォームのコンセプトや実現のためのソフトウェア構成について提案を行いました。その後、技術仕様の明確化と実装を進め、2020年11月には、実際の現場での実験の成果について発表を行いました。その他、2022年3月には、無線通信の安定化に関連して、通信状態の評価方法に関する技術についても発表を行なっています。
上記の研究開発などに加え、FSPJでは、SRFプラットフォームの社会実装および普及促進に向けた活動にも取り組んできました。2017年7月には、NICTほか6社と共に、Flexible Factory Partner Alliance (FFPA) を設立しました。FFPAとFFPJは、名称が類似しているため、混同されることがありますが、両者は協力関係にあるものの、独立した存在です。FFPJがNICTの内部におけるプロジェクトの一つであるのに対し、FFPAはNICTとは独立して外部に設立された任意団体となっています。
FFPAは、当初FFPJが提案したSRFプラットフォームについて、仕様策定と普及促進のための活動を主導しています。FFPAでは、2019年9月にはSRF技術仕様Ver.1.0を発行し、以後、改版を重ね、2023年10月には現時点で最新となるSRF技術仕様Ver.2.1を発行しています。また、2021年1月にSRF適合性試験仕様Ver.1.0、同年10月にSRF相互接続性試験仕様書Ver.1.0を発行し、以降、改版を重ねています。また、同年12月にはSRF認証プログラムを開始しており、2023年3月には、SRF技術仕様Ver1.1に準拠した初の製品群として、4製品を認証しました。現在では、15製品が認証を取得しており、本格的な社会実装に向けた準備が整っています。
おわりに
本稿では、今後、FSPJの活動を通じて得られた成果の一部を、TeleGraphicでの連載を通じ、紹介するにあたり、まず、FSPJの背景と目的、そして、これまでの活動と成果について、説明しました。次回以降の連載では、FSPJが公開する “製造現場における無線通信トラブル対策事例集” より、実際の現場における無線通信に関するトラブルと、その対策に関する事例を1件ずつ引用し、紹介していきます。ご期待ください。
筆者
国立研究開発法人情報通信研究機構 ネットワーク研究所
協力研究員 山田亮太
協力研究員 雨海明博
協力研究員 尾関敦
協力研究員 冨田尚孝
協力研究員 長谷川淳
研究員 中島健智
主任研究技術員 大堀文子
研究統括 板谷聡子




