ミリ波の利用拡大に有効な技術【前編】――ビームフォーミング、MIMOほか

この記事では、5Gでミリ波利用が拡大するための「課題」で紹介したミリ波普及の課題を解決するために有効と考えられる技術や、3GPP等の標準化において仕様化または仕様化が検討されているミリ波に関連した技術について網羅的に紹介します。...

2023/12/05

Posted on 2023/12/05

この記事では、5Gでミリ波利用が拡大するための「課題」で紹介したミリ波普及の課題を解決するために有効と考えられる技術や、3GPP等の標準化において仕様化または仕様化が検討されているミリ波に関連した技術について網羅的に紹介します。8つのミリ波技術のうち、前編では、「ビームフォーミング」「MIMO技術」「トポロジー改善技術」の3つについて見ていきます。(【後編】はこちら

ミリ波の普及にはまだ課題が横たわっている。これらを解決するために、いくつかの技術が有効と考えられている。課題解決に有効と考えられる技術や、3GPP等の標準化において仕様化または仕様化が検討されているミリ波に関連した技術について、その概要を紹介する。

Fig. 4-1に、本章で紹介する8つのミリ波技術とそれぞれの技術が解決する課題について整理する。

Fig. 4-1 ミリ波技術と解決する課題

ビームフォーミング技術

伝搬ロスが大きくなり、増幅器の出力や効率が低くなる課題を解決するために、ミリ波ではビームフォーミングが必須の技術となっている。Fig. 4-2に示すように、基地局に多素子アレーアンテナを用いることで高いアレーゲインが得られるため、伝搬ロスの課題を解決できる[1]。また、多素子アレーアンテナのアンテナ素子と同数または素子数に比例した数の増幅器を用いることで、増幅器一つ当たりの出力や効率が低くなる課題もカバーできる。一方、アンテナ素子数を増やしてアレーゲインを高くするとビーム幅が細くなるため、より追従性に優れたビームの指向性制御が必要となる。なお、多素子アレーアンテナによるアレーゲインの増大は、下りリンクだけでなく上りリンクのカバレッジ拡大にも有効である。

ビームフォーミング方式は、アナログビームフォーミング、デジタルビームフォーミング、それらを組み合わせたハイブリッドビームフォーミングに分類される[1]。多素子アンテナを用いることに加えて、ミリ波は信号帯域幅が広いことから、アナログビームフォーミングが一般的に用いられる。これは、広帯域に対応した高速DAC/ADCは消費電力が大きいため、DAC/ADCの数が最少(信号多重数と同数)で済むアナログビームフォーミングが適しているためである。なお、ミリ波の多重数は、VH偏波を利用して、1枚のアンテナパネルで2多重とする方法が一般的である。

将来のトラフィック増大に対応し、ミリ波の有用性をより高めるためには、ミリ波の多重数を2よりも増やして行く必要がある。アナログビームフォーミングで多重数を増やすには、複数のアンテナパネルを用いる方法があるが、この場合アレーアンテナの面積とともに増幅器などの回路数も増大する。1枚のアンテナパネルを分割して、分割した複数の小規模アンテナパネルを用いる方法もあるが、この方法ではアレーゲインが減少してしまう。そこで、多重した信号を1つのアンプでまとめて増幅する機能を持ったマルチビーム多重対応のミリ波RFチップを開発することで、アレーアンテナの面積を増やすことなく、またアレーゲインを減少させることなく、1枚のアンテナパネルからVH偏波以外の多重信号を送信することができる[2]。今後、高速DAC/ADCの低消費電力化が図れれば、ミリ波でもデジタルビームフォーミングやハイブリッドビームフォーミングを適用することで、多重数を増大することが可能になる。

Fig. 4-2 ビームフォーミングの効果

MIMO技術

本節では、ミリ波の直進性や遮蔽ロスなどの電波伝搬の課題を解決するとともに、空間多重を活用したMIMO関連の将来技術について紹介する。

●LoS-MIMO

MIMOの空間多重は、信号処理により伝搬チャネル上に独立経路を形成することで実現している。マルチパスフェージング環境では、マルチパスが多いほど独立経路を形成しやすい伝搬チャネルとなる確率が高くなる。電波の直進性が高く、反射や回折がしにくいミリ波などの高周波数帯の場合、MIMOの送受信アンテナが見通し内(LoS)環境の時に伝搬チャネルの相関が高くなり、独立経路を形成することが難しい。見通し内MIMO(LoS-MIMO)では、MIMOのアンテナ素子を送受信距離に対して適切に配置することで、伝搬チャネルの相関を下げ、複数の独立経路を形成可能となる。

特に最適な素子間隔となる場合、MIMOの固有モード伝送での通信が可能となる[3]。しかしながら、最適な素子間隔は送受信距離に対して決まるため、従来固定通信での利用が検討されてきた。近年では、移動通信への利用が期待されており、送受信距離の変動にロバストなLoS-MIMOの検討が行われている[4]。これらのLoS-MIMO技術によって、ミリ波でも空間多重が利用しやすくなり、ミリ波の周波数利用効率向上が可能になる。

●Massive-MIMO/分散MIMO

ミリ波は、その高い直進性により、電波が障害物に遮蔽されると通信が途切れてしまうリスクがある。その対策として、Fig. 4-3に示すように多数のRAU(Remote Antenna Unit) を分散配置してRAUからユーザー端末への見通し通信を確保する分散MIMO(Distributed-MIMO)が有効となる[5-7]。特に、集約基地局に接続されたRAUを、屋外では電柱、信号機、街路灯などに、屋内では壁や天井などに多数設置し、それら複数のRAUが互いに連携して通信する広域分散MIMOの導入が期待されている[8]。広域分散MIMOにより、ユーザー端末は複数のRAUとの間で見通しパスを冗長に確保できるので、ミリ波の通信安定性を高められる。

分散MIMOは、アレーアンテナの各アンテナ素子を搬送波波長に比べて大きく離隔配置することで、予め独立な伝搬パスを確保して空間の自由度を最大限に活かす技術であり、Massive-MIMO の一実施形態である。Massive-MIMO(注)には各アンテナ素子配置方法に関して、既にsub6帯で実用化されている素子間隔を1/2波長程度と近接配置した集中型MIMO(Collocated-MIMO)と、アンテナ素子を離隔配置したDistributed-MIMOがある。前者は方向操舵可能な平面波ビーム生成が可能であるが空間多重度においては反射や回折等による独立なパス数に依存し、後者は方向操舵可能な平面波ビームは生成できないが予め独立なパスを有し空間多重度を最大化できる特徴がある。3GPPにおいてもRel-16/17にて1つのUEに対し2つの基地局側の送受信点(Multi-TRP: Transmission and Reception Point)を用いた分散MIMOが仕様化されている[9]。

(注)Massive-MIMO
MIMOを高度化した一技術であり、多数の独立したトランシーバの自由度を活かし、空間多重と無線伝搬路の品質安定性を同時に向上する技術。5Gにおいては4Gの直交周波数多重・時分割多重に加え、空間多重による更なる周波数利用効率向上を目指して開発・導入された。

Fig. 4-3 送信機から受信機までのチャネルマトリックス

トポロジー改善技術

ミリ波は電波の直進性が強く、遮蔽物の陰への回り込みが小さいため、基地局から見通し外となる場所のエリア化が課題となる。そのため、基地局と端末の間に中継局や反射板を設置することで、基地局から見通し外となるエリアの受信品質を向上させるトポロジー改善技術が有効となる。

中継局は、IAB(Integrated Access and Backhaul)と呼ばれる再生型の中継局と、レピータなどの非再生型の中継局に分類される。レピータは、電源のみの接続で動作するため設置が容易であり、GPS信号などは不要で屋外・屋内どちらでも使用することができ、遅延が大きいデジタル信号処理がないため5Gで要求されている低遅延特性を有している。ミリ波帯のレピータは、ビームフォーミング対応(アンテナ一体型)しているため、基地局に対向するドナー側と端末に対向するサービス側のユニットを分離し、ユニット間を同軸ケーブル一本で接続することで、柔軟なエリア形成を可能にしている[10]。

また、最近では、これまで固定と考えられていた電波環境を動的に制御する研究が進んでいる。Fig. 4-4に示すように、中継局の位置や向きを可変にして制御したり、メタサーフェス反射板を用いて入射波を任意の方向に反射させたりして制御するRIS(Reconfigurable Intelligent Surface)などの検討が行われている[10, 11]。さらに同軸ケーブルと比較し低損失伝送が可能な誘電体導波路により遮蔽物を迂回する技術や、誘電体導波路の一部から電波を放射させ、さらに電波の放射位置を自在に変更、移動させることで、工場などのレイアウト変更など電波環境の変化にも柔軟に対応可能なエリア化技術が検討されている[12]。

Fig. 4-4 メタサーフェス技術を用いたRISの概念図

参考文献

  1. NTT DOCOMO Technical Journal, Vol.23, No.4, PP.30-39, Jan. 2016.
    https://www.docomo.ne.jp/binary/pdf/corporate/technology/rd/technical_journal/bn/vol23_4/vol23_4_005jp.pdf
  2. Fujitsu, “RU Technologies,” PP.4, 2023.
    https://www.fujitsu.com/global/imagesgig5/RU-Technologies.pdf
  3. K. Nishimori, et. al., “On the Transmission Method for Short-Range MIMO Communication,” IEEE Trans. Vehicular Tech., 2011.
  4. M. Palaiologos, M. H. C. Garcia, R. A. Stirling-Gallacher and G. Caire, “Design of Robust LoS MIMO Systems with UCAs,” 2021 IEEE 94th Vehicular Technology Conference (VTC2021-Fall), Norman, OK, USA, 2021, pp. 1-5.
  5. NTT DOCOMO Technical Journal, Vol.15, No.1, PP.55-59, Apr. 2007.
    https://www.docomo.ne.jp/binary/pdf/corporate/technology/rd/technical_journal/bn/vol15_1/vol15_1_055jp.pdf
  6. NEC, “ミリ波周波数帯に分散MIMOを適用し、実際のオフィス環境下で3倍の同時接続数・伝送容量を実現,” , Jan. 2021.
    https://jpn.nec.com/press/202101/20210125_01.html
  7. KDDI総合研究所, “世界初 お客さま一人ひとりのニーズに応えるBeyond 5Gに向けた無線ネットワーク展開技術の実証に成功,” , Oct. 2021.
    https://www.kddi-research.jp/newsrelease/2021/100701.html
  8. NTT/ドコモ/NEC, “世界初、28GHz帯で遮蔽を気にせず繋がり続ける分散MIMOの実証実験に成功,” , Oct. 2022.
    https://group.ntt/jp/newsrelease/2022/10/31/221031a.html
  9. 3GPP TS 38.300, v17.3.0
  10. 電気興業, “レピータ、メタマテリアル反射板(28GHz帯),”
    https://denkikogyo.co.jp/elec/product/mobile/l5g/
  11. NTT DOCOMO Technical Journal, Vol.29, No.2, PP.15-39, July. 2021.
    https://www.docomo.ne.jp/binary/pdf/corporate/technology/rd/technical_journal/bn/vol29_2/vol29_2_004jp.pdf
  12. NTT DOCOMO Technical Journal, Vol.29, No.2, PP.7-12, July. 2021.
    https://www.docomo.ne.jp/binary/pdf/corporate/technology/rd/technical_journal/bn/vol29_3/vol29_3_003jp.pdf

この記事の内容は、5GMFが2023年3月31日に公開した5GMF白書「ミリ波普及による5Gの高度化 第1.0版」を基にして、抜粋・編集しています。白書は7月3日に第2.0版にアップデートされました。全文をご覧になりたい場合は5GMFのWebサイトからダウンロードしてください

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